◆カリアリ, Cagliari, Karalis
日本語ではカリャリと表現されることも多いこの地には、天然の良港となる条件のほか東西を近距離で湿地に、中距離で山地に挟まれるという防衛に有利な地勢(右図)も備わっていたことから先史時代より人が住み続けた。西地中海の島々に前インド=ヨーロッパ語族による先史文明の名残りが巨石遺跡として点在することは、バレアレス諸島・パルマの回でも述べた通りである。[→link]
その後西地中海に到達した海洋民族フェニキア人も、この土地にいち早く目をつけた。紀元前7世紀には彼らによる植民市カラリス(Karalis)が築かれる。街の歴史はこのようにして始まった。
サルディーニャ島に生きた人々の歴史を一語で表すなら、‘島宇宙’という言葉がふさわしいかもしれない。なにしろこの島はミノア文明を育んだクレタよりも、今日二つの国勢力を島内に抱えるキプロスよりも大きく、また北隣のコルシカ島などとも異なり内陸に十分な平野部を有して大人口を養えたため、島自体が一つの広大な歴史展開の舞台となりえたのだ。しかもシチリア島のごとく殆ど地続きといってもよいほどに絶えずイタリア半島や北アフリカの大勢力に脅かされずに済むくらいには、どの近隣他地域からも距離があった。
この結果古くから多様なルーツをもつ人々が島の各地方に混在する状況が生じたが、その痕跡は現代にも散見できる。たとえばフェニキア語の影響も残すとされるサルディーニャ語は今も島の農村部を中心に話されているが、ほかに島北岸の街サッサリ周辺ではコルシカ語の方言、島西岸の街アルゲーロではアラゴン王国の支配に由来するカタルーニャ語方言、さらにジェノヴァ植民市となった複数の地域ではイタリア語北方方言の一つリグリア語の使用が、高齢層を主な話し手として今日なお確認される。
またヌラーゲ(Nuraghe)と呼ばれる遺跡群を残した先史時代の人々は、フェニキア人の到来後も内陸に退避する形で長く共生し、徐々に混血化していったと考えられている。遺伝学的な裏付けもあり、今日ではヌラーゲ文明の血を引くことが‘サルディーニャ人’のアイデンティティ形成にも寄与しているらしい。
当初今回の記事は、ゲルマン系部族のなかでも特異の軌跡を描いて古代後期この地に至ったヴァンダル族の興亡を中心としてまとめる予定だったが、文章量的に無理がありそうなので次回に。代わりといっては何だが、ヌラーゲ遺跡群の造形がなかなか面白かったので、いくつか転載。いずれもwikipediaから。興味があれば詳しくはこちらを[→link]。最近この書き方に慣れたせいか、記事一つあたりの文章量が徐々に伸びる傾向を感じていて、日常的な読み物としてはさすがに長すぎるんじゃないかという気もしてきたので、少しコンパクト化にも注意を払っていこうとぞ思うのであった。
ともあれエーゲ海やオリエントの古代文明に比して、この地域のそれへの一般における関心は極度に薄い。近年ケルトやヴァイキングなどこれまでややマイナー視されてきた文明・文化圏の文物が静かなブームを呼ぶこともまま見られるようになったが、西地中海の前古代へと光が当たるにはまだ少し時間が要りそうだ。
それにしてもこの数日の冷え込みよう、これはこれで異常というか異様な気がする。風邪もひいた。

日本語ではカリャリと表現されることも多いこの地には、天然の良港となる条件のほか東西を近距離で湿地に、中距離で山地に挟まれるという防衛に有利な地勢(右図)も備わっていたことから先史時代より人が住み続けた。西地中海の島々に前インド=ヨーロッパ語族による先史文明の名残りが巨石遺跡として点在することは、バレアレス諸島・パルマの回でも述べた通りである。[→link]その後西地中海に到達した海洋民族フェニキア人も、この土地にいち早く目をつけた。紀元前7世紀には彼らによる植民市カラリス(Karalis)が築かれる。街の歴史はこのようにして始まった。
サルディーニャ島に生きた人々の歴史を一語で表すなら、‘島宇宙’という言葉がふさわしいかもしれない。なにしろこの島はミノア文明を育んだクレタよりも、今日二つの国勢力を島内に抱えるキプロスよりも大きく、また北隣のコルシカ島などとも異なり内陸に十分な平野部を有して大人口を養えたため、島自体が一つの広大な歴史展開の舞台となりえたのだ。しかもシチリア島のごとく殆ど地続きといってもよいほどに絶えずイタリア半島や北アフリカの大勢力に脅かされずに済むくらいには、どの近隣他地域からも距離があった。
この結果古くから多様なルーツをもつ人々が島の各地方に混在する状況が生じたが、その痕跡は現代にも散見できる。たとえばフェニキア語の影響も残すとされるサルディーニャ語は今も島の農村部を中心に話されているが、ほかに島北岸の街サッサリ周辺ではコルシカ語の方言、島西岸の街アルゲーロではアラゴン王国の支配に由来するカタルーニャ語方言、さらにジェノヴァ植民市となった複数の地域ではイタリア語北方方言の一つリグリア語の使用が、高齢層を主な話し手として今日なお確認される。またヌラーゲ(Nuraghe)と呼ばれる遺跡群を残した先史時代の人々は、フェニキア人の到来後も内陸に退避する形で長く共生し、徐々に混血化していったと考えられている。遺伝学的な裏付けもあり、今日ではヌラーゲ文明の血を引くことが‘サルディーニャ人’のアイデンティティ形成にも寄与しているらしい。
当初今回の記事は、ゲルマン系部族のなかでも特異の軌跡を描いて古代後期この地に至ったヴァンダル族の興亡を中心としてまとめる予定だったが、文章量的に無理がありそうなので次回に。代わりといっては何だが、ヌラーゲ遺跡群の造形がなかなか面白かったので、いくつか転載。いずれもwikipediaから。興味があれば詳しくはこちらを[→link]。最近この書き方に慣れたせいか、記事一つあたりの文章量が徐々に伸びる傾向を感じていて、日常的な読み物としてはさすがに長すぎるんじゃないかという気もしてきたので、少しコンパクト化にも注意を払っていこうとぞ思うのであった。
ともあれエーゲ海やオリエントの古代文明に比して、この地域のそれへの一般における関心は極度に薄い。近年ケルトやヴァイキングなどこれまでややマイナー視されてきた文明・文化圏の文物が静かなブームを呼ぶこともまま見られるようになったが、西地中海の前古代へと光が当たるにはまだ少し時間が要りそうだ。
それにしてもこの数日の冷え込みよう、これはこれで異常というか異様な気がする。風邪もひいた。
