Mamma Mia! 教授ブログ!!
so there is no time like the present,
ガリア共鳴
◆マルセイユ, Marseille, Μασσαλία
provencegift ‘南仏プロヴァンス’というと、その言葉だけで愛の詩とワインとガーデニングなイメージというか、夢見がちの乙女なムードがムラムラと漂ってくる。日本の場合諸事情により実際に夢見てるのはたいてい乙女でなく有閑マダムなのだけど、昨年には“プロヴァンスの贈り物”(原題“A Good Year”)なんて映画も全国公開されて、いまだこのブームに衰えはないようだ。この作品など、グロテスクで鳴らしたあの“エイリアン”の監督リドリー・スコットが脳まで筋肉だった“グラディエーター”のラッセル・クロウを主演に迎えて完全無欠のラヴロマンスを撮ったなどというものだから、どうしちゃったのご両人とも首をかしげつつ、恥ずかしげもなく一人で上映館へ出かけたのが何を隠そうこの私なのである(照)。いやまあ、期待していたよりいい映画だったけど。
 で。マルセイユは言うまでもなく、そのプロヴァンスの中心都市である。

 なぜプロヴァンスにこうして鼻につくほどの文化的なニュアンスが付随したのかというと、そこには直接的なきっかけとなった仕掛け人や具体的な文物以前の問題として、幾つかの社会的な要因が考えられる。一つには今も昔も文化立国を標榜してきたフランスにおいて、他にない地中海性の風土が強いアクセントとなったこと。二つ目には中世以前のフランスではプロヴァンス地方が紛れもなく文化の最先端地域に属したため、その遺産が心理的にも物理的にも色濃く現代へ余韻を残したこと。そして三つ目。中世の終わりに起きたローマ教皇のアヴィニョン捕囚によって、ルネサンス盛期に至るまでこの地域が現実的にカトリック文化・芸術の中心地となり、学問発展の核となったこと。

 事例の一つとして今回はキリスト教聖歌の展開に着目してみよう。カトリック教会でのミサといえば信徒ならずとも即座にパイプオルガンの調べにのせたグレゴリオ聖歌の響きをイメージするところだろうが、実をいうとこの聖歌の形式が成立したのは意外に新しく、9世紀から10世紀にかけてのフランク王国においてだとされている。キリスト教世界では古くから地方ごとに独自のスタイルをもつ聖歌が歌われてきたが、フランク王国においてガリアの聖歌様式とローマの聖歌様式とが統合されると、大帝国を築いたシャルルマーニュ(カール大帝)はその様式のみを唯一許された聖歌として帝国下への普及を推し進めた。これにより彼の版図である西ヨーロッパ一帯では各地で独自の発展を遂げていた他の様式があらかた淘汰されてしまう。
 ここで少々脇道にそれるが、わずかに残るグレゴリオ聖歌以外の様式例として、イベリア半島のモザラベ聖歌(動画右上)とミラノのアンブロジオ聖歌(動画右下)がある。モザラベ聖歌は‘Mozarabe’の綴りからも推測できるように、イベリア半島においてはアラブ(含ムーア人)の影響が強くローマの権勢が及びにくかったため、アンブロジオ聖歌はミラノの司教区創始者でもある聖アンブロジウス自身の権威のために、各々の様式が結果的に消失をまぬがれた。ちなみに西ヨーロッパ以外のキリスト教会においては当然ながらローマによるこのような抑圧もなかった(または薄かった)ため、多様な聖歌様式が今日もなお維持されている。アフリカン・アメリカンの陽気な合唱や、フィジーの晴天に突き抜けるような歌声を想起するのもいいだろう。

 ともあれ単旋律、無伴奏のグレゴリオ聖歌は、そのストイックに研ぎ澄まされた形式ゆえにのちのヨーロッパにおける絢爛たるクラシック音楽の展開に絶えず霊感を与え続けたが、その発生源がフランク王国内であったことは必ずしも政治的な事情によるばかりでは恐らくない。というのも続く11世紀にもプロヴァンスではトルバドゥールと呼ばれる吟遊詩人たちによる叙情歌の形式が生まれ、12世紀には北フランスをへて広く西ヨーロッパに普及するなど、現代風に言うならばモードの発信地のような役割を果たし続けたからだ。その動力源となったのが、地中海を介した異邦からの文化流入であったことは当ブログでこれまでに述べた通りである。
 トルバドゥールは騎士と貴婦人の禁欲的な愛を歌い新たな宮廷恋愛の作法を生みだしたが、たとえばこのとき育まれた愛のモティーフは東でのちのペトラルカに、またこうして磨かれた騎士道のモデルは西でのちのセルバンテスに影響を与え、やがて北のシェイクスピアらを通じて実り大きなヨーロッパ近世文学の系譜へと連なっていくことになる。

 さて伝説は街としてのマルセイユの発祥をこう伝えている。ある朝、エーゲ海を発したフォカイア人の船団が地中海北西部のとある入り江にたどり着き、土着民の首長を訪問した。折しもその日は首長の娘の婿選びを行う祝祭日であったが、いざ婿を決める段になると娘ジプティスは同族の屈強な男たちには目もくれず、なんとフォカイア人の若きプロティスを指差した。こうして決まった二人の結婚が、マッサリアの街の発端となった、と。
 マッサリア(Massilia, Μασσαλία)はマルセイユの古名だが、伝説の時代から返すがえすもこの街は、地中海とガリアの大地という二つの広大な世界の結節点を演じ続けてきた土地なのだ。

 以下は余談。右の動画は、現代的な手法によりグレゴリオ聖歌を直接の音源として使用した一作例。教授の中の人は中学時代からこの手の音楽ばかりを聴く偏屈者へと道を踏み外し始めたが、とりわけEnigmaに関しては当時付き合っていた恋人をして、BGMにいつもこの曲が流れているような人間と評さしめた過去があるだけに感慨もさらに深い。さらに深いのだが実を言うとこのPVは今回が初見で、そのストーリー性を感じさせる出来映えに少し驚いた。
 執筆中の主人公は夢魔に襲われ、気づくと修道士の姿となって廃墟の教会をさまよっている。そして廃墟の暗がりに地獄の門の存在をみとめると、注意深く門前へと足を踏み入れる。突如脳裡を襲う劣情の翳りにしばし戸惑い、扉を開くべきか否かを逡巡したのち、あらためて軽く門扉へと手を触れる。すると見るからに重たげな鉄扉はいとも簡単に間口を開け、その奥にのぞいたものは。

 この映像の冒頭部における、闇に注ぐ斜め上方からの光の構図は恐らくカラヴァッジョを意識したものだろう。より直截には“執筆する聖ヒエロニムス”[1606,右下図]を強く連想させる。カラヴァッジョを巡ってはその破天荒な生き様に引きずられてどうしてもセンセーショナルなイメージばかりが先行してしまいがちだが、純粋に作品の質的な面からみても、いまだ一般に正当な評価を得るには至っていない画家である。このことはベラスケスやレンブラント、フェルメールといった光と闇の魔術師と畏怖される巨匠たちのいずれもが、彼らのほぼ半世紀前を生きたカラヴァッジョの作品群に少なからぬ影響を直に受けているという一点のみをとっても明白なことだと言える。
girolamocarabaggio PVに映し出される主人公の青年は描かれた聖ヒエロニムスに比べてかなり卑近な煩悩に捉われている観もあるが、己の暗部を突き放すのではなく丸ごと呑み込もうとするそのような態度こそがカラヴァッジョの真髄ともいえ、またこのPVの指し示す結末にもつながるようにどこか思える。こうして考え巡らせるとそれはまた、陽光に溢れてフランス北部とは異なる性質をもったオクシタニアの東端に位置し、ブルゴーニュの深い森へもアルプスを背にしたイタリア・ロンバルディア地方へもそう遠くないプロヴァンスの土地が必然的に抱え込まざるを得なかっただろう、相矛盾する諸物に対する鷹揚さ、おおらかさにも重なって見えてくる。
 
2008.05.10 * 西地中海編 * CM:1 * TB:0 * top↑
  
コメント

補足: 本文が長くなりすぎたのでこちらに。

記事中のモザラベ聖歌の動画は、赤ちゃんの洗礼式(Baptism)を撮ったもの。途中赤ん坊を水に浸すシーンが出てくる。見慣れない者には乱暴にも映るこの儀式は、赤子当人に対してというよりもきっとそれを見守る両親に対して強く擁護者であることの自覚作用を促すのだろう。

恐らくスペインのガリシア地方からトレド周辺あたりで撮られたものだろうと勝手に推測して詳細情報を覗くと、なんとニューヨークの教会でヒスパニックスタイルの洗礼式を再現したものだとの記述あり。少し意外。

欧米の文学や映画などに触れていると、痛みを伴わせることによる‘Mea culpa(私の罪)’の意識の刷り込みが、彼らの精神のなかで本当に大きな意味をもっていることにたびたび気付かされる。

記事本文ではモザラベ聖歌とアンブロジオ聖歌は独自の様式を保存したと述べたが、様式の名前が維持されたというほうが実態には近いかもしれない。というのも近隣の他の聖歌様式である東方正教やアメリカのゴスペルなどと比べると、モザラベ聖歌とアンブロジオ聖歌のいずれもが、グレゴリオ聖歌の響きに限りなく似通って聴こえるからだ。こうした点は録音媒体のない中世以前の音楽を推し量る上での困難の一つだろう。

Mea culpa (catholic version) by Enigma:
  http://www.youtube.com/watch?v=SC_VQ_aXmd0
↑おまけとして、水牛に引かれた幌馬車と鉄製の籠手が何やら意味深なPVを。
---------- 雨心補完 [ 編集]* URL * 05/10, 09:40 -----
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