◆バレンシア, València, فالنسية
ありのままの人生というものを、私はこれまで嫌というほど見てきた。息を引きとる仲間を両の腕に抱いたこともある。彼らはみな虚ろな目をして、俺はなぜこうして死んでいくのかと私に聞いていたのではない。こんな人生のために今まで生きてきたのかと私に聞いていたのだ。ああ人生自体が気違いじみているとしたら、では一体、本当の狂気とは何か。本当の狂気とは。夢におぼれて現実を見ないのも狂気かもしれぬ。現実のみを追って夢を持たないのも狂気かもしれぬ。だが、最も憎むべき狂気とは、あるがままの人生にただ折り合いをつけてしまい、あるべき姿のために戦わないことなのだ。
舞台“ラ・マンチャの男”のクライマックスにおける、劇中劇の主人公アロンソ・キハーナの台詞を冒頭に挙げてみた。アロンソ・キハーナ、愛馬ロシナンテを駆る稀代の騎士、自称ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ。‘ラ・マンチャ’とはイベリア半島南東部の内陸に広がる高原部をさす地方名。海への出口としてはバレンシアが最も近い。‘マンチャ’は‘乾いた土地’を意味するアラビア語に由来し、その名の通り乾燥して風が強い。風車のよく似合う土地である。
『ドン・キホーテ』の作者ミゲル・デ・セルバンテスもまた、ラ・マンチャの空気を存分に吸って育った。彼がレパントの海戦に自ら出向き奮戦のあげく片腕の自由を失ったエピソードはよく知られているが、帰還中バルバリア海賊に捕らわれたことはあまり知られていないかもしれない。このとき、捕虜として5年間をアルジェで過ごした。また入隊する以前は、20代前半の数年間をローマで過ごし書物を読み漁っている。このローマとアルジェでの体験はのちの創作に活きるところ大だったろうが、とりあえずアルジェから解放されたあとの30代における彼の暮らしはあまりパッとしない。アルマダの海戦時、彼はスペイン国内にいて戦時物資の徴発を生業としていたが、徴発元の教会から恨みを買って投獄される。敗戦後は徴税官の職を得るも、税金を保管した銀行が破産、残った負債を支払えずに再入獄。この時すでに40代。ようやく『ドン・キホーテ』の前篇が出版された年には齢58に達していた。その波瀾万丈ぶり、ある意味ドン・キホーテ以上に壮絶なものがある。
『存在の耐えられない軽さ』の作家ミラン・クンデラは、『ドン・キホーテ』を評してこう述べている。
‘かつて宇宙とその価値の秩序を統べ、善と悪とを区別し、事物に個別の意味を与えていた神が、その地位からいまやゆっくりと姿を消そうとしている。ドン・キホーテが自らの家を後にしたのはまさにこのときだったが、すでに辺りは名状識別しがたいものとなっていた。至高の「審判者」の不在のもと、世界は恐るべき両義性のうちにその身を横たえていたのである。神の唯一の「真理」はおびただしい数の相対的真理に解体され、人々はこれらの相対的真理を共有することになった。こうして近代世界が誕生し、と同時に、近代世界の像(イマージュ)でもあればモデルでもある小説が誕生したのである。’
狂気と正気、夢と現実、ありのままの人生とあるべき姿。ドン・キホーテに限らず、セルバンテスに限らず、近代を通過して人々は誰しもがそのはざまにあって引き裂かれまいとする不安と苦しみを背に負わされるようになった。こと現代にいたっては、社会全体がより一層の孤独感を個々人に植え付ける装置と化した観すらある。新訳の出版でドストエフスキーが若い世代に静かなブームを呼んでいるというニュースを最近目にしたが、彼もまた『ドン・キホーテ』を‘人間の魂の最も深い、最も不思議な一面’をえぐりだした、‘人類の天才によって作られたあらゆる書物の中で、最も偉大で最ももの悲しいこの書物’≪『作家の日記』≫と絶賛している。‘最も偉大’で‘最ももの悲しい’、とここにも覗く両極性。頑強に独立を貫いたバスクやカスティーリャを北に、800年の長きに渡って栄えたイスラムの都を南に抱え続けたラ・マンチャやバレンシアなどイベリア半島中部の風土が、そこに深く影響したことは疑いのないところだろう。
画像1枚目は有名なバレンシアの火祭り(Las Fallas)における一場面。2枚目はギュスターヴ・ドレによる『ドン・キホーテ』挿絵。3枚目(右)はラ・マンチャ地方で撮られた落日の光景。
実をいうとマラガの項目を書きあげ、次はバレンシアか何書こうとぼんやり思い巡らせていたまさにその時、唐突に日比谷の帝国劇場で興行中の“ラ・マンチャの男”[→link]のS席チケットをもらってしまった。前日になって当人に急用ができたという理由らしいが、これなんてマンガ?的展開だった。というわけで、観てきた結果がこの記事の態である。主演の松本幸四郎、“ラ・マンチャの男”を演じて1100回というだけあって、色眼鏡なしで凄かった。松たか子も年齢の割に年季の入った演技を見せてくれたし、何より声の張りが予想外に強く驚いた。テレビへの露出度が高い役者の舞台はチケットも無駄に高くなるので自腹を切ることはまずないが、たまには行くといいかもねなんて思いを新たにした次第。役柄とはいえのっけからリアル父が娘に求愛するシーンがあり、皇居の隣でこれをやるってこの国まだまだイケるかもとか支離滅裂な恍惚感に一瞬襲われた。ブルジョア劇場も捨てたものではありませぬ。とか。
ありのままの人生というものを、私はこれまで嫌というほど見てきた。息を引きとる仲間を両の腕に抱いたこともある。彼らはみな虚ろな目をして、俺はなぜこうして死んでいくのかと私に聞いていたのではない。こんな人生のために今まで生きてきたのかと私に聞いていたのだ。ああ人生自体が気違いじみているとしたら、では一体、本当の狂気とは何か。本当の狂気とは。夢におぼれて現実を見ないのも狂気かもしれぬ。現実のみを追って夢を持たないのも狂気かもしれぬ。だが、最も憎むべき狂気とは、あるがままの人生にただ折り合いをつけてしまい、あるべき姿のために戦わないことなのだ。 舞台“ラ・マンチャの男”のクライマックスにおける、劇中劇の主人公アロンソ・キハーナの台詞を冒頭に挙げてみた。アロンソ・キハーナ、愛馬ロシナンテを駆る稀代の騎士、自称ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ。‘ラ・マンチャ’とはイベリア半島南東部の内陸に広がる高原部をさす地方名。海への出口としてはバレンシアが最も近い。‘マンチャ’は‘乾いた土地’を意味するアラビア語に由来し、その名の通り乾燥して風が強い。風車のよく似合う土地である。
『ドン・キホーテ』の作者ミゲル・デ・セルバンテスもまた、ラ・マンチャの空気を存分に吸って育った。彼がレパントの海戦に自ら出向き奮戦のあげく片腕の自由を失ったエピソードはよく知られているが、帰還中バルバリア海賊に捕らわれたことはあまり知られていないかもしれない。このとき、捕虜として5年間をアルジェで過ごした。また入隊する以前は、20代前半の数年間をローマで過ごし書物を読み漁っている。このローマとアルジェでの体験はのちの創作に活きるところ大だったろうが、とりあえずアルジェから解放されたあとの30代における彼の暮らしはあまりパッとしない。アルマダの海戦時、彼はスペイン国内にいて戦時物資の徴発を生業としていたが、徴発元の教会から恨みを買って投獄される。敗戦後は徴税官の職を得るも、税金を保管した銀行が破産、残った負債を支払えずに再入獄。この時すでに40代。ようやく『ドン・キホーテ』の前篇が出版された年には齢58に達していた。その波瀾万丈ぶり、ある意味ドン・キホーテ以上に壮絶なものがある。
『存在の耐えられない軽さ』の作家ミラン・クンデラは、『ドン・キホーテ』を評してこう述べている。‘かつて宇宙とその価値の秩序を統べ、善と悪とを区別し、事物に個別の意味を与えていた神が、その地位からいまやゆっくりと姿を消そうとしている。ドン・キホーテが自らの家を後にしたのはまさにこのときだったが、すでに辺りは名状識別しがたいものとなっていた。至高の「審判者」の不在のもと、世界は恐るべき両義性のうちにその身を横たえていたのである。神の唯一の「真理」はおびただしい数の相対的真理に解体され、人々はこれらの相対的真理を共有することになった。こうして近代世界が誕生し、と同時に、近代世界の像(イマージュ)でもあればモデルでもある小説が誕生したのである。’
≪評論「軽視されたセルバンテスの遺産」より抜粋、要約≫
狂気と正気、夢と現実、ありのままの人生とあるべき姿。ドン・キホーテに限らず、セルバンテスに限らず、近代を通過して人々は誰しもがそのはざまにあって引き裂かれまいとする不安と苦しみを背に負わされるようになった。こと現代にいたっては、社会全体がより一層の孤独感を個々人に植え付ける装置と化した観すらある。新訳の出版でドストエフスキーが若い世代に静かなブームを呼んでいるというニュースを最近目にしたが、彼もまた『ドン・キホーテ』を‘人間の魂の最も深い、最も不思議な一面’をえぐりだした、‘人類の天才によって作られたあらゆる書物の中で、最も偉大で最ももの悲しいこの書物’≪『作家の日記』≫と絶賛している。‘最も偉大’で‘最ももの悲しい’、とここにも覗く両極性。頑強に独立を貫いたバスクやカスティーリャを北に、800年の長きに渡って栄えたイスラムの都を南に抱え続けたラ・マンチャやバレンシアなどイベリア半島中部の風土が、そこに深く影響したことは疑いのないところだろう。
画像1枚目は有名なバレンシアの火祭り(Las Fallas)における一場面。2枚目はギュスターヴ・ドレによる『ドン・キホーテ』挿絵。3枚目(右)はラ・マンチャ地方で撮られた落日の光景。実をいうとマラガの項目を書きあげ、次はバレンシアか何書こうとぼんやり思い巡らせていたまさにその時、唐突に日比谷の帝国劇場で興行中の“ラ・マンチャの男”[→link]のS席チケットをもらってしまった。前日になって当人に急用ができたという理由らしいが、これなんてマンガ?的展開だった。というわけで、観てきた結果がこの記事の態である。主演の松本幸四郎、“ラ・マンチャの男”を演じて1100回というだけあって、色眼鏡なしで凄かった。松たか子も年齢の割に年季の入った演技を見せてくれたし、何より声の張りが予想外に強く驚いた。テレビへの露出度が高い役者の舞台はチケットも無駄に高くなるので自腹を切ることはまずないが、たまには行くといいかもねなんて思いを新たにした次第。役柄とはいえのっけからリアル父が娘に求愛するシーンがあり、皇居の隣でこれをやるってこの国まだまだイケるかもとか支離滅裂な恍惚感に一瞬襲われた。ブルジョア劇場も捨てたものではありませぬ。とか。