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海境夷聞
Partir. Oui, mais cette fois vers quelle Amérique?
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近況マリックTERAこれから
いつのまにかこんなにも時間が。

某所にて、当ブログの文章から再構成した掌篇を投稿しました。
別人と疑われては問題なので、一応おことわり。

提出先はクローズドの場なのだけど、
しばらくしたらオープンURLにも掲示される予定なので、ご紹介するかも。


以下近況など。

無意識のレベルでも震災の影響はかなりあったらしく、当ブログの続きを書こうと思い立っても、まったく出てくるものがない状態が続いてました。習慣であるとか仕事であるとか、書く上での推進力になるような制約が外的に何もない状態では気力だけが更新の有無を決めるしかなく、よって自分でも予定外の長期放置に入ってしまいました。
まあ、続けようとは思うんだけどね。

あと最後に挙げているレギュラーコンテンツがポートロイヤルの記事で、あからさまに水難で街が消えた話ってのはなんかちょっとね、不気味。

大航海時代Online、しばらく完全に離れてみて感じたこと。
昨今のネット環境の進展で、この作品のオンラインゲームとしてのポテンシャルは6年前より格段に広がってきたと思う。というか、オンラインゲームって枠組み自体が6年前と比べればかなり拡散してきたなかでは、相対的にアドバンテージを採れる可能性のある作品だと思う。リアル環境へのネットの侵食が以前とはもう比べ物にならないほど進んでいるし(例えばネット内での事象を「仮想なんとか」なんて区分けする表現はすっかり消えた)、今後もその傾向は変わらない。

じゃあ現在の運営体制がそのポテンシャルを今後どれだけ実現できそうかといえば、1%も望めない状態というのが正直な実感。発想のレベルからの根本的な内向きの姿勢が、初期の頃よりむしろ過剰になっている気がしてならない。リアルワールドとその歴史を全面的に舞台としている強みを、ビジネス的に活かそうという気配がまったくない。ゲーム内部の船がどうのアイテムがどうのって話じゃないので、意味不明に思える向きはまったく意味不明なことを言ってる自覚はある。でも続ける。

予感としては、現時点ではほとんど大航海時代Onlineだけが備えている可能性を全面的に踏襲、拡張した作品でそのうちどこか海外の企業が一気に攫っていくような気が。人的リソースに限りがあるからこそ、どう考えても外に広げていくべきだと思うんだよね。単発的な商品セールスの提携とかじゃなくて。船の仕様を少しいじって拡張の目玉とかもうね。教養押し路線でも舶来モノ通販路線でも何でもいい。たとえば冒険のシステム的なつまらなさを革新するキャパがないなら、外部の知的コンテンツにリンクするくらいの工夫をなぜしないのか。もったいない。たとえば世界遺産を売りにしている別業態のビジネスなんて、組みようによっては完璧なまでの親和性があるだろうに。それぞれの土地からグーグルやら各国の文化省やらが作ってる3Dマップに跳べるボタンがあったりね。現状はいろいろ言い訳を確保しつつも、結局は数行のテキストのためのおつかいクエストを増やしてやれば何年も飽きずに付いてくるプレイヤーのみを相手にしているようにしか見えない。
 
あとテレンス・マリック監督の映画『ツリー・オブ・ライフ』が今月から公開に。ひさびさに事前期待値大の映画が来ました。何しろ監督がもうね。まだ観てないにも関わらず、オススメしちゃいます。立体メガネも悪くはないけど。

それからTERAっていう大型MMOが明日から始まるようです。
カイアだったかな、PKサーバでちょっとだけ試してみるつもり。
 
2011.08.07 * others * CM:1 * TB:2 * top↑
2011.3.11メモランダム part1 <14時45分〜15時 東京駅-丸の内>
 

 震災道中録 by 姪っ子 : http://goodbye.diarynote.jp/

 ↑DOL停止でネット禁断症状出たかたのうち、読み物耐性のあるかたには効用あるかもです。
  震災記事については今後連日更新予定。(とのこと!)

 なお今年動きのない当ブログは、次回サンティアゴ取り扱い予定です。Ciao!
 
  
2011.03.14 * others * CM:0 * TB:1 * top↑
ゆれる
◇ポートロイヤル, Port Royal

 いつ降り始めたかもわからないほどに続く地雨の、水面を打つしずくの音があたりを包み込んでいる。足元で丸い波紋を幾重にも描きだす、輪郭のはっきりした音のつらなり。彼方から響いてくる、どこかで滝が降り落ちているかのような連続する水の轟音。雨は次第にすべての境界や質感を薄灰色に溶かしてゆき、そのひとしずくひとしずくが浮かびあがる泡つぶへと姿を変える頃、雨音はもうただ耳に流れ込むのではなくその節の一つ一つがあらゆる事象の序列を解きほぐし、ほどけてかたちを失いながらゆっくりと事物の組成を入れ替えてゆく。たゆたうように。憂うように。

 いまでもときおり、深い、深い海の底にいるという感覚に襲われることがある。身を包む大気は水となり、地を蹴るというより水の掻いで歩くこの場所では、天空より降り注ぐ月や陽の光と自分とのあいだには目に見えない海原が、ふたつの世界をへだて空高くを覆っている。街路樹や公園の噴水や教会の尖塔の群れはゆらめく水草の林となり、路面の石畳や邸宅の出窓を飾るベゴニアの花壇や建造中の船の竜骨はごつごつとした岩肌や珊瑚礁となってこの海の底を輪郭づける。そよぐ風は海流による荘厳なうねりとなり、歩みをとめれば耳朶には幽かに、星のささやきや月の奏でる調べがそれら水のうねりを伝い流れ入る。そうして彼女はこうべを垂れ、目をつむる。息をとめ、気配を失くす。

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 やがてあたりの波のうねりが周期の短いさざ波へと姿を変えはじめ、濃紺の海原がとびあがる白く細かなしぶきで覆い尽された頃、海中からは矩形の大理石や花崗岩の塊が一つまた一つと鷹揚に姿をのぞかせ、中空へと浮かび上がってゆく。ついで扉状の板材や藻の絡みついた聖人像や流麗なアカンサス模様のレリーフが続々と海原からとびあがり、石材の群れのなかへ紛れ込むとそれらを追うかのように大量の土砂が海の水を泥に変えつつ一斉に浮上を終えて、海原はこの束の間にして一個の大地となり、水平線まで見通せた洋上には木造の民家や石積みの邸宅や見張り塔、工房や酒場や厩舎の並ぶ町並みが現れる。

 町でながく眠りに就いていた人々は、目覚めの床で各人の心に備わった記憶や想念を呼び起こし、各人の身に染みついた日々の仕事へと還っていく。群衆の誰ひとり音を立てることなく行き交う半透明の市場では、店先に並べられたキャッサバ芋やウチワサボテンの葉肉や、イトランやハナズオウやそれらを売り買いする人々のすべてが光を通し波音を透かして、風を妨げることもなくその姿形を揺らめきそよがせている。そうして彼は空を見あげ、耳をふさぐ。歩みをとめ、気配を失くす。

portroyal6


 「元気だった?」
 「うん、元気だった」

 「雨、やんできたね」
 「そうだね、虹が見られるかもしれない」

 「また、会えるかな」
 「どうかな、わからない」

 「一緒にいたかったよ、ずっと」
 「うん、一緒にいたかった」 

 薄い白銀のヴェールが揺らめきながら、水平線まで広がる海原をゆっくりとなでていく。空の片隅に落雷の微かな轟き。遠くで海鳥の啼く一声。足元から生えあがる蔓や蔦が、石段や家屋の軒先を浸蝕しはじめる。草や葉は石畳を覆いつくし、苔や胞子が港の堤や教会の壁を深い緑や淡い乳濁色に染めあげる。はじめ浅く薄かった雨霧はやがてわずかに差し込む光をもさえぎりだし、樋を伝って流れ落ちる雨は銃弾のように地を鳴らす。道端をゆく水流の水かさはみるみる増して川となり滝となって氾濫し、いったんは濃緑色に染まった街のすべてを暗い藍色の底へと沈み込ませてゆく。

portroyal9

 やがて雨粒の降り落ちる音のさなかに、幽かな喚声が聴こえてくる。その一つ一つはひどく小さな、しかし多くの人々の織り成す声が束となってこだましている。うなるような男たちの重いどなり声。空気に一閃を走らせるような女たちの甲高い悲鳴。剣が交わり火薬が破裂し、瓦礫の崩れ落ちる戦火の音。より注意深く、より繊細な音の襞に耳を澄ませる。誰もいない劇場のいだく残響のように、それらはひっそりとささやきかけてくる。小作人の夫婦が暮らす鄙びた納屋で、生まれ落ちたばかりの赤子のたてる産声。子供たちのはしゃぎ回る嬌声や駆け音、まだ若い母親の子供たちを叱りつける声。遠い島から移り住んできた誰かの息子と誰かの娘の結婚式で奏でられる輪舞曲、過酷な時代を生き切った老鍛冶師の最期を知らせる教会の鐘の音。
 
 それら音のつらなりは降りしきる雨音のなかに紛れ込み、混じり合ってはまたよみがえり、変奏を加えながら時の終わりを待ちつづける。水滴の生んだ波紋は、他の波紋と交わり次第に薄くなりながら、どこまでも広がってゆこうとする。何にさえぎられることもなく。何に見とめられることもなく。そうして彼女はこうべを垂れ、目をつむる。そうして彼は空を見あげ、耳をふさぐ。いつ降り始めたかもわからないほどに続く地雨の、水面を打つしずくの音があたりを包み込んでいる。

 
2010.12.13 * カリブ海・メキシコ湾編 * CM:1 * TB:1 * top↑
灯り
◇トルトゥーガ, Latòti, Tortuga


 どうしてこんなところに来てしまったのだろう。
 こんなところで、何をしようというのだろう。
 遠くから、町を壊す砲声が響いてくる。
 つま先が、温度を失ってゆくのがわかる。

 最初に余命を告げられてから、かなりの時間がもう過ぎている。からだはすでに音をたてて軋みはじめてきているし、これからそう遠くはない未来、この眼にうつるすべての光が闇となり、耳にたゆたうあらゆる響きの黙するときが来るだろう。その瞬間、ぼくは何をおもうのだろう。この生について。あなたについて。

 またいつか、あなたに会えたらなとおもう。この掌はいまもあなたの温もりを感じているし、すこしのあいだ目をつむるなら、健やかなあなたのうなじの、柔らかな残り香をかぐこともまたできている。だから二度と会えないのが道理なのは知っているけれど、あきらめる気にはならない。それが一瞬のできごとであったとしても、もう一度あなたのやさしさに包まれることがあるのなら、その瞬間はとても嬉しいだろうから。この生の、残りの時間すべてを賭けるに値するとおもうから。

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 あなたがいたあの場所から、ずいぶん遠くへと来てしまった。けれどまだ、大丈夫だと感じている。そこへ帰ることだけを考えて生きるなら、いまからでも間に合うことをわかっている。あなたがいまもその場所で、ぼくを待ってくれていることをわかっている。これからずっと、あなたと会える日が来るまでずっと、だからぼくはぼくであろうとする。いまは遠く、深く断絶した世界の向こう側へずっと、ぼくの姿を示し続けていこうとおもう。いつ再会のときが訪れてもいいように。あなたに対して、恥ずかしくないように。

 雑踏にあって、一瞬灯りの消えた静けさの中、ぼくを眼差すあなたの瞳、忘れがたく、その光、その揺らめき、その温もりとともに、このからだにとても強く残っている。あなたを感じる。それを頼りに、残るすべてを賭けたこの生の描く軌跡が、いつかあなたとともにある、この棲み処の奥底へとたどり着くことを、いまは祈る。

 ぼくはぼくであろうとする。
 そこにあなたがいるから。


 
2010.11.22 * カリブ海・メキシコ湾編 * CM:1 * TB:1 * top↑
オサマ川
◆サントドミンゴ, Santo Domingo

 フロールは死んでいた。からだは瓦礫の下から救い出され、胸まで粗布をかけられて近くの作業小屋に横たえられていた。塔上で監視番に就いていたエリアは、知らせを聞くと我を忘れて作業小屋へと駆けつけた。彼はフロールの寝姿を見とめると、何かを思うより先にまだ若い妻の頬を柔らかく両掌で包んだ。誰かが表情を整えてくれたのだろう、彼女の顔は穏やかで眠る様そのものだった。うっすらと赤味すら残ってみえる頬のありえない冷たさは、この事態からいっそう現実感を奪っている。それから夜が更けるまでの長いあいだ、彼はフロールの掌を握り続け、粗布が腹部で見せる緩やかな膨らみをぼんやりと見つめ続けた。幼い頃から天涯孤独の身であったエリアにとってこの町が守られなければならない理由はただ一つ、初めての家族となってくれたフロールがいたからだった。敵襲による死ならば気持ちの行き場もまだあったかもしれない。だが仲間のミスによる暴発事故が死因となったことは、彼の思惟を致死的なまでに凍りつかせた。自失に陥ったまま軍務に戻ったエリアの脳裡にはこの時以降、現実感を欠いた情景だけが不意に訪れては去っていった。戦の前に二人で町を出ていたなら、あるいは今日もどこかで笑い合っていられたのか。ありえたはずの、彼女との穏やかな日々の暮らしを巡る想像は、息をするたびエリアの心をえぐり取った。フロールのお腹に宿っていたのは男の子だったのか、女の子だったのか。生まれていたならどんな子に育っていったのか。

 城壁の外縁にまで迫った革命軍は、城外に陣幕を張るとその後なぜか鳴りを潜めていた。城の守備隊が飢えて干上がるのを待つつもりか、援軍と合流する計画があるのかも守備隊からは窺い知れない。見通しのない戦闘に疲弊した城内は静まり返り、散発的に撃ち込まれる銃弾に応じるほかは兵士が頭を働かせることもない。命じられた配置を守り、配給されるわずかな食で命をつなぐ。だが従うべき命令がどこから来るのかも、気にする者はもういなくなっていた。城の主はとうの昔に船で逃げ出していたし、もしかしたら指揮系統などすでに存在しないのかもしれない。新たな指令がなくとも敵が眼下にある以上、兵士たちは各々に与えられた部署を守るしかなく、補給係は備蓄が尽きるまで細々と配給の職務を全うする以外にない。それは生きる意思の介在なしに呼吸し循環し続けるエリアの臓腑や血流の働きにどこか似ていた。

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 これといって強い理由があったわけではない。ただ城の外に出る方法は、その頃になると他に残されていなかった。だからエリアは、城内で新たに編成されたその小隊に志願した。大尉と呼ばれる隊長の掲げるたくらみは誰の目にも見込みの薄いものだったが、あてどもなくこの城砦に留まり続けるのが何よりつらいという男たちは意外に多かった。そのほとんどは雇われてサントドミンゴへ入城した海賊あがりの傭兵や、兵役を押し付けられて牢から出された受刑囚といったならず者たちだったが、守るべき理由も生きる意味すらも見失ったエリアには、その時々の本能に従順な彼らのなかにいることがむしろ心地良く思われた。そうして大尉が入隊者を募ってから最初の嵐が上陸した深夜、隊は城を抜け出した。
 敵軍の陣幕に背後から奇襲をかけるという当初の目論見は、革命軍の規模が彼らの想定を遥かに越えると判明した時点で立ち消えた。補給路を絶つという次善の策も、情報が何も手に入らない状況では遂行のしようがなかった。本音の部分では城から抜け出すことが第一の目的であった彼らの隊が、名目を失った結果として単なる山賊集団と化すのに時間はかからなかった。略奪して生き延びる。それ以外に何もない日々が始まった。エリアはただ流れに身を任せていた。

 とはいえ城砦周辺の農園はすでに、革命軍によってあらかた荒らし尽されていた。農民などは見る陰もない。農園主の家は焼かれるか、どこの誰とも知れない黒い肌の郎党に占拠されており、使役されていた奴隷たちはみな革命軍へ加わるか、戦場となった一帯から去っていた。水を求めて井戸を覗けば多くの場合は虐殺された白人の一家が織り重なって浮かんでいたために、川の水は常にエリアたちの渇きを癒やすよすがとなった。隊は自然に、川沿いを島の中央部へと遡行し始めた。途上では幾度も敵方の小隊と出くわした。しかし革命軍の実態は、一部の精鋭部隊を除けば急造の素人集団に過ぎなかったため、エリアの隊は遭遇するごと彼らをたやすく皆殺しにしていった。一人でも生きて逃せば軍本体から討伐隊を召喚しかねないという恐れが、隊の凶暴さに拍車をかけた。
 やがてあたりは田園から丘陵地の森林へ、森林から山岳の密林へとその風景を変えていく。エリアはそれまで町を離れたことすらなかったが、数歩ゆくごと濡れた蔓に足を滑らせ、棘が手を刺すのにも次第に慣れた。数えきれないほど細かい傷が増えてしまうと、それが激痛であればあるほど他人事のように切り離せてしまうのを知った。先へ歩を進めることだけに意識や体力をすべて傾注させているうちは、何かを感じるのも考えるのも余計になってくる。自分が誰なのかすらどうでも良いことで、自分のからだがもはや実体を失った、密林のさなかを這い進む流体か何かのように思えてくる。隊の誰ひとり言葉を発することはなく、時折誰かが踏みしめた枝の折れる音があたりに大きく響き、密林の奥へこだまする。いまや隊の全体が密林にうごめく一個の生物になっていた。行軍が続いて数日後、小舟一艘がかろうじて通れるほどに川すじが痩せ細った頃、唐突にその砦は姿を現した。 

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 恐らく元来はタイノ族か逃亡奴隷たちの隠れ集落だった場所が征服され、奥地の鉱山と川とをつなぐ搬出拠点が形成されて次第に防衛設備が整えられたのだろう。木柵の並びは遠目にもちぐはぐで、朽ちかけた見張り台は過去ながいあいだそこが襲撃の危険に晒されなかったことを物語っていた。見張り番らしき男も一応はいたが明らかに眠りこけており、門番らしき黒褐色の肌をした二人の男は土に描いた図を挟んでしゃがみ込み、何かの遊びに嬌声をあげていた。繁みに潜む隊の誰かが仲間にささやき声を発しかけたとき、何の前触れもなく大尉は音を立てて繁みから路上へ跳び出ると、衣服についた草葉を左手で鷹揚に払ってから門番のもとへと歩み始めた。隊の人間たちも門番の二人も呆気にとられて大尉の歩く姿を目で追うが、門番から十歩の距離まで近づくと振り上げられた大尉の右腕の先から伸びる短銃が火を噴いて、門番の一人の頭が鼻孔から下を残して弾け飛び、背後の木塀には両羽を開いた蝶の紅い模様が瞬時に広がった。もう一人の門番の男が目と口を大きく開けたまま言葉も発せず大尉を見上げていると、死んだ門番に歩み寄った大尉はかたわらに置かれていた木槍を拾い上げ、槍の穂先を指でなぞるとその仕上がり具合を実地で確認するように、生きた門番の開いた口から喉奥へと一気に突き入れる。槍の尖端は門番の首の後部から突き出た勢いのまま地に刺さり、その衝撃で大尉の手から弾き出された槍の柄がびんと震えて周囲の空気を割る音は隊の兵士たちを正気付かせ、繁みの奥から戦いを呼ぶ重い咆哮が密林の空へと湧き上がった。

 砦の内部にいた人間の過半は老人や女子供であったため、襲撃はあまりに一方的な展開に終始した。青年や壮年世代の男もいるにはいたがみな作業夫然として不自然に覇気がなく、奴隷として衰弱死するのも襲われて悶死するのも同じだとでもいうように、大した抵抗も見せることなく端から殺害されていく。逃げる背を大尉に撃ち抜かれた男がひとり、駆ける姿勢のまま飛沫をあげ川へと落水して流される。水中で息を引き取った男の四肢は水流に揉まれてただちに砕け折れていく。流れのなかで岩に削がれた男の肉のかけらを運良く往きがかった川魚の群れがついばみ、屍体に群がる川魚を好きなだけ頬張った水鳥は隊で炊事を担当する兵士に射止められ、その夕刻には網焼で調理され大尉の腹に収まって、皿に残った水鳥の骨を咥え去りしゃぶり尽くした野良犬が繁みの奥へと放り捨てる。難なく隊のものとなった砦の住舎では囚われた女たちが新たな権力者は誰かを目ざとく見極めて、泣き叫ぶ赤子や夫の死骸のかたわらで娼婦のように腰を振り、殺す価値もないと見なされた老人たちは砦内の物陰で昔語りに現れる原始の神の再来をつぶやいて、夜通し星を相手に祈り続けた。
 しかしその降臨を待つまでもなく、砦本来の持ち主であり戦火に乗じて近場の鉱山を襲っていた先住民と逃亡奴隷の混成部隊が翌朝には帰還して、黒煙を挙げる我が家を前に忿怒それ自体と化し肥大したその膂力によって、過酷な行軍による疲労に染まり酒酔いに深く溺れたエリアの属す小隊は一瞬のうちに殲滅させられた。集落の長の寝床で目覚めた大尉は愛用の小剣を手に裸のまま屋外へと踊り出し十人からの殺意を剥き出しにした男たちを相手に格闘したが、褐色の肌全身に隈なく黒や薄青の渦模様を施した敵兵に囲まれて、鮮やかに紅潮して乱舞する大尉の白い肢体は次第に血ぬれて陽光を反射し赤黒く照かってゆき、ぬめりしたたる血液が大尉の掌から剣を滑り落とさせたその瞬間、十本の槍と矢が大尉の胴体を貫いた。

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 元が小柄な身であったのが幸いして、押し入ってきた兵たちが寝ぼけた仲間を殺す間にエリアは藁で出来た家屋の壁に穴を作って逃げ出した。屋外へ出ると即座に砦の外柵に自身が通れる隙間を見つけたが、柵を抜け出る間に立てた音を聞きつけられて数人の追手がかかり、追手の怒号を背にして密林の奥へと駆け出した。あたかも太古よりこの森に棲まう猿のように蔓や羊歯の密生する木々の下を飛び跳ねながら疾走している自身のからだにエリアは初め驚いたが、やがて驚きも収まり数歩先までの着地点を意思とは無縁に予測して動く眼球や手足の働きにも慣れ始めると、彼の意識はなぜかフロールのからだに初めて触れた夜の記憶をその片隅に呼び起こし、フロールのあげる湿った声音の温もりを耳元に聴き取っていた。サントドミンゴの城を出た嵐の夜以降、これほどに生々しく彼女のことが思い出されたのは初めてだったが、久方ぶりに感じた胸中の温かさは背後から己の肩へ指をかけるまでに迫った死の影とのあいだに奇妙な調和を保っていた。そうして無意識にも似た心持ちで振り出される四肢の流れに身を委ねて数刻が過ぎた頃、ふと足が止まって目前に迫る崖に気がつくと、次いでエリアはその下方に巨大な洞穴が口を開くのを見出した。まるでそれ以外に選択肢はないかのように、彼のからだは洞穴へと吸い込まれてゆく。ここまで来れば追手にも見つからないというあたりまで手探りで洞窟の奥に潜り込むと、エリアは疲労のあまりそれから一昼夜のあいだ気を失った。

 目が覚めたあとエリアを包んだ周囲の静寂は、彼のからだから前後の感覚と生気をつかのま奪い取った。それまでの生涯にずっと身を置いてきた騒擾とは真逆のこの静けさに、エリアは彼自身が生まれるより遥かに昔から息づく世界の本質のようなものを感じとった。洞窟の下方には地底湖が深奥の暗がりまで伸びていた。湖面の発する鮮やかな青と緑の不思議な光は、入り口から差し込む陽の光が弱くなるほどに明るさを増してゆき、洞窟の内壁や天井全体に湖面の波紋を映し出していく。その光の変容を眺め、その美しさをわかち合うべき相手を心の内に求めてエリアは突然、もうフロールには絶対に会えないのだというかつて経験したことのない強い喪失感に襲われた。その感覚はとてもすみやかに、とても深くエリアの全身を隅々まで震わせた。気づけばこの戦争が始まって以来初めて、エリアは涙を流していた。からだの震えはやがて壁面に映り出る波紋の揺れに取り込まれ、混じり合い、いつのまにか心奥から誘い出されあふれ出ていたエリアの慟哭に天井の青や緑の光の震えがどこまでも寄り添って、彼の声と涙が枯れ切って両の瞳がもう一度閉じられたあとまでも共鳴し続けた。それからどれほどの時が流れたのかエリアにはわからない。再び眠りの淵からよみがえった彼は横たわる姿勢のまま長い時間をかけて、天井に震える光の波紋を眼の底に灼きつけた。そうして身の内にくすぶる過ぎ去った時の揺らめきを、胸の片隅で幽かに感取したエリアは音もなく立ち上がって洞窟のさらに奥へと歩み入り、水紋をあとに残して姿を消した。


2010.10.29 * カリブ海・メキシコ湾編 * CM:1 * TB:1 * top↑
コラーダ音景
◆サンフアン, San Juan 

 この小高い丘は間近に鉄とガラスの摩天楼を見上げる位置にあり、丘の背後には深々と生い茂る林の緑を見降ろせる。煉瓦葺きの家屋が丘の頂きには建っていて、赤茶けた屋根の上から数十階建ての鏡の列を望むこの光景こそが、本来の属すべき場所なのだと強く憧れている自分に気づく。頬に当たる風は冷たく、背後に群がる木々のうち幾らかはすでに紅葉を迎えている。目覚めるまでは、そこがどこであるのかわからない。けれど夢から醒めれば疑いようもなく、陽光を白く映し返していた摩天楼はマンハッタンそのもので、深い林と見えていたのはセントラルパークの緑に違いない。だとすればその丘の元型は昔好んでよく時を過ごしたあの巨岩であるはずで、当時は何気なく岩の上で過ごしていたあの時間が、今のこの身にとってはかけがえのないものへと転化していることに驚かされる。自分の想念、欲求に関してこの夢のなかで抱いた憧れほどに強烈な実感や確信を、この九年のあいだ現実にはいったいどれだけ味わってこれただろう。真っ先に思い起こされる記憶が一つ。そしてそれをこそ、とり返しようもなく失ったという事実。

 昔よく訪れたあの巨岩はそういえば、マンハッタン島がまだレナペ族の住みかだった頃にはある種の聖地だったらしい。レナペ族、ネイティヴ・アメリカン。子供のころ慣れ親しんだ名で言うところの、誇り高きインディオたち。コロンブスの時代、ヨーロッパの西に開けたインド世界。インドではないインド。そういう奇妙な時間軸の果てにいま自分は息をしている。たてがみのような羽飾りや原色の装飾品で全身を彩ったインディオの狩猟隊が、いずれはリトル・イタリーやチャイナタウンと化して賑わうさだめの原野を駆け抜ける。その物語絵巻の末端に、かつての自分を配置してみる。いまやアスファルトで覆いつくされた原野に、南方からやって来た少年が一人降り立つ。少年が生まれ育った南の島は、周囲の島々とともにこう呼ばれる。西インド諸島。少年の身中で巻き起こされる、スパイスとガンジーの国インドからはあまりにも遠い土地と精神との邂逅、衝突。それから。


 エディ・パルミエリの名を知らなければ、彼の曲を聞いてニューヨークの喧騒を思い起こす人間はあまりいないのかもしれない。曲想もリズムも垢抜けたラテンそのもので、なによりパルミエリこそがサルサの歴史を形成したメインプレイヤーの一人である以上、その曲からカリブ海のビーチや椰子の木のシルエット、軽快に腰を揺らす人々でうずまるダンスフロアをイメージするのは当然だ。にもかかわらず、うたた寝から目覚めパルミエリがずっと耳に流れ込んでいたのを知って、マンハッタンの光景を夢にみた理由が彼の曲と直ちに結びついたのはやはり、パルミエリを初めて意識したのがあの街にいた時代だったからだろう。枕代わりにテーブルへ投げ出していた腕の前では、すでに氷の溶けきったピニャコラーダのグラスが痺れ切った手首や指の形を白く映し出している。「ふだん甘いものを好まない君が、バーに入ると決まってこのカクテルを注文するのがかわいらしい。」 ブルックリンのベッドフォード・ストリートで知り合った恋人は、そう言っていつも笑った。笑われてもこの甘さが欲しかったのか、その笑顔が見たくて注文していたのか今はもうわからない。

 ココナツジュースとココナツウォーターは同じだが、それとココナツミルクとココナツクリームはぜんぶ違う。アメリカ本土で何度口にしたかわからないそんな小ネタを、初めて聞かされたのはビーチバーに入り浸っていた祖父からだった。サンフアンの中心部からはだいぶ離れた、観光客よりは地元客が居座るようなそのビーチバーに、祖父は夕方になるといつもいた。出身地にまつわるエピソードを会話に混ぜ込むのは、互いのアイデンティティを確認するのに都合がいい。そうして祖父からの受け売りがすっかり板についていた留学時代は、だからこそ“ニューヨークのアメリカ人”になろうと必死だった。プエルトリコ島に住む者は、たいていスペインかアフリカにルーツをもっている。小学校の授業でそう知ったときから、スペインで生涯を暮らすスペイン人やアフリカで代を重ねるアフリカ人たちに比べて、プエルトリコに生まれた自分たちがずいぶんと頼りない、浮わついた存在に思えていた。今思えばその根無し草のような感覚は、深刻さの度合いを別にすれば存在論的な不安とも言い換えられる種のものだった。だがニューヨークへ来たあとは、千年単位で同じ土地に根を下ろした人間たちへの引け目のようなその感覚もいつのまにか霧散した。ロシア移民とイタリア移民を両親にもっていたり、南部出身のアフリカン・アメリカンとカナダから来た香港華僑の間に生まれていたり、ヴェトナムからの難民一家に育ったりした友人たちが目立つこともなく同じクラスに居並ぶなかで、これからはニューヨーク人として生きていこうと思い始めた。そうなれたなら、いろいろなことがうまく回ってゆく気がしたのだ。九年前の今日までは。

sanjuan1

 自らのルーツをどこに求められるのかという疑問は、人種の坩堝と化したあの街では己が世界とどう関わるかという問いとまったく同質だった。それは日々の暮らしの中であらかじめ与えられてある何かではなく、つねに主体的な意思を要する選択の問題として迫ってくる。ブロンクスのプエルトリコ人として生を受けたパルミエリも、恐らく同じ問題に直面していたのだろう。そして音楽家として成功すればするほど、この問題は一層深刻化していった。初め10代でバンドを組んだ彼は、サルサという新ジャンルを引っ提げて20代と30代を怒涛にように駆け抜ける。デビュー年の1962年から74年までに出したアルバムは実に19枚。殊に70年以降の活動はめざましく、71年にサンフアンのプエルトリコ大学で録音された“Live At the University of Puerto Rico”は音質の悪さにも関わらず、翌72年にNYのシンシン刑務所で録られたアルバムとともにライヴ版として非常に高い評価を得た。以降74年発表のアルバムでグラミー賞を獲得するまでのこの期間で、パルミエリのスタイルは一度完成期を迎えたと言えるだろう。と同時に、より本質的内面的な模索はここから始まったとも言える。とりわけ数年の沈黙を経て40代に入り78年になって発表されたアルバムは、21世紀を迎え齢70代に至ってなお現役を貫くパルミエリの長大なディスコグラフィーにおいても、いまだ特筆すべき異彩を放っている。そのアルバムはこう名付けられた。“Lucumi, Macumba, Voodoo(ルクミ・マクンバ・ヴードゥー)”。

 このアルバムタイトル中の「ルクミ」とは、西アフリカのヨルバ系ルクミ族を意味している。「マクンバ」は中央アフリカ・バンツー語系を起源にもち、ブラジルを震源とした黒人主体の宗教および呪術のムーヴメントを指す。「ヴードゥー」は言わずと知れたカリブ・アメリカの黒人文化に根を張った民間信仰の呼称で、ハイチの逃亡奴隷の集団が発祥と言われるが、信仰の形態自体は西アフリカのベナン・ナイジェリア沿岸部のヴォドゥン信仰を基礎に置いている。こうした命名は本アルバムにおけるパルミエリの意図を端的に要約しており、つまりあらゆる様式と潮流が集い沸騰するニューヨーク・カルチャーシーンの渦中で、彼はそれまでの半生において依り処とし武器としてきたカリブ音楽の基底を突き抜けて、遠くアフリカと直の接触を試みた。意欲的にブラジルのクイーカや呪術めいた声音をも取り入れたこの試みは、メジャーへ進出するも音楽的に難解と受け取られて酷評を浴び、セールス的にも失敗に終わった。今聴いてもこのアルバムは少なくとも「踊れるサルサ」とは言いがたく、それまでのアルバム群に内在した莫大な熱量に比べると、どこか理知的な冷たさすら感じ取れてしまう。しかしそうした受け手の反応を、すでにシーンの絶頂を究めた彼が予測できなかったとみるのは安易だ。むしろ後代の人間がそこに読み取るべきは聴く者を失望させる錯誤ではなく、震撼させる覚悟だろう。

AlbizuCampos2

 ある土地の人間であるという意識はたぶん、一代限りで醸成されることはない。両親や祖父母やその向こうに控える先祖たち、子供や孫やその先の子孫たちまでをも含めて特定の「この土地」に結びつけたイメージを描くことが出来たとき、初めてそこに土地固有の物語は生まれ、土着の魂が生き始める。ゆえに意識し得る外面だけをなぞって自らのベースに据える試みはその初めから不可能性を帯びており、実体としての「この自分」は「この土地」や人間の集団からつねに遅れて現れる。ならば突き詰めるほどに自ずと瓦解を誘いかねない危うい道を、パルミエリが敢えて選んだのはなぜなのか。“ルクミ・マクンバ・ヴードゥー”には、他のアルバムに見られない「破れ」がある。たとえて言えばこうだ。代々受け継がれてきた歌舞に、ヨルバ王国やベニン王国の浜辺で無邪気に陶酔していた時代のあと、奴隷狩りにより拘禁され、ガレオン船の移送と過酷な使役労働により無数の命を削り取られた暗黒の時間が訪れる。やがて遠い記憶に揺り動かされるようにしてかぼそき歌声は響きだし、ひそやかにあたりを浸食し始める。牢獄の一角から。あるいは農園の片隅から。個体発生は系統発生を繰り返す。死は生の母体であり、生はつねに死のなかにある。パルミエリがやろうとしたことは、この意味で自己をいったん融解させ再発させる試みだったのかもしれない。そして先鋭化された個別の差異は、いずれ集団の差異を軽々と凌駕する。特異な才能を携えた者こそが差異の極端を占める宿命にあるならば、人の生み出す音を音として聴くことの深さは一層際立ってくる。

 店に流れる音楽はいつのまにか、地元の若い人気歌手によるラテンバラードへと曲目を変えていた。タイノ族出身のサルサシンガーだと以前どこかで耳にした覚えがあるが、どこにタイノを聴き取れば良いのか何度聴いてもわからない。テレビアイドルか何かを思わせる迎合的なこのメロディラインの、いったいどこに。だがこうした音楽のほうがきっと世に求められる時代なのだろう。どの作品においてもルーツを厳しく求めるような見識は、たぶん逆様のステレオタイプでしかない。千年単位でルーツを遡ることができたとして、そこに寄り縋ってしまうとすればなおさら虚しい。海辺沿いの通りから、チチャロンの豚皮を揚げる香ばしい匂いが漂ってくる。いつもの怠けた屋台主が調理を再開したらしい。凍てつくようなニューヨークの街角でこの油の熱い香りを嗅ぎ付けた時はいつも、狂おしいほどの郷愁に駆られていた。とはいえ匂いの元をたどれば多くの場合ケバブやベーグルの屋台で、要するに内心の願望にねじ曲げられた錯覚だった。今思い返せばそれもまた、都市の喧騒のなかで身の置き場を再確認する儀式だったのかもしれない。
 九年前の今日、世界をまるごと違った次元へと引き込むかのような力をもった扉が開く重たい音を、確かに聴いた。爆煙をあげるビルの姿は無音のなかにあり、音は足元の底深くから轟いてきた。記憶は鮮明で、この自分は確かにその扉の先に開けた世界をいま生きている。それは事実だ。そして恐らく、事実でしかない。過去に捕われてしまう感情や想起される事物、かつての人々はすべて結局、これと同じだ。カリブの海を燃やす夕暮れの空に、U.S.Navyの機体が低く一直線に飛行機雲を走らせてゆく。この身から自由になりたいという願い。その願いから自由になりたいという地点。あたりを見まわす。あらゆる方向に広がるこの世界。視界をさえぎる無数の事象。あの場所で、新たなビル建設が進んでいるという。本当のことは何もわからない。きのうより満ち足りた景色に巡り合えるとは限らない。境界の擦れ合って生まれる一つの現象。夢をみるために生まれたのか。何かに陶酔するために、生まれてきたのか。
 何処へ。

Sep. 11, 2010
サンフアン・ドラドビーチにて、泥酔。

2010.09.22 * カリブ海・メキシコ湾編 * CM:1 * TB:0 * top↑
漁師の閾
◆カーボヴェルデ, Cabo Verde, Cape Verde

 戦火が近づいている。

 海へ出るのは危険だ。すぐに避難してくれ。幾度も言葉を重ね、何通りにも表現を換えて、私は男にその危険を伝えようとした。男は押し黙ったまま小舟の索具を操り、舷側を見回し、漁網を持ち上げて浜へ放り出していく。私の声も耳には届いているのだろう。その意味も理解しているに違いない。だが男は馴れた手つきで漁の後仕事を続けるだけだ。まるで海辺に寄せる波音の他は、何も聞こえてないかのように。

 面倒な役回りを引き受けちまったな、と仲間の兵士は憐れみ混じりに言っていた。島への駐留が長い彼によれば、男は近辺でも一番の偏屈者という話だった。妻をなくしてからもう長く、育てあげた一人娘もすでに嫁いで、男の生来の気骨には一層の磨きがかかったという。もとより独り者の漁師、従順な性格であるはずもない。しかしこの事態に対して男の見せる頑迷ぶりに私は、それだけでは収まらない何かを感じた。
 こちらの言葉に反応する素振りをまったく見せない男の険しい顔が、ふと空を見上げてわずかに緩む。その表情の意味がはっきりと伝わってくる。男にとっていま重要なのは翌朝の天気であり、島が戦の炎に包まれるか否かは問題ではないのだろう。説得を続ける気力はもう尽きていた。気づけば西陽は最後の輝きを水平線へ灼きつけ、島のすべてを黄金色に染めあげていた。

caboverde1

 島を訪れたのは、これが三度目のことになる。カーボヴェルデ諸島に属すこの島には、交易船が補給のために立ち寄る小さな港町があった。地中海や北海から貿易風に乗って南下してきた船は、この海域で大きく三方へと分かれてゆく。カリブへ向かう船は西へ、ブラジルや南米西岸へ向かう船は南へ、そして象牙海岸や遠くインドへ向かう船は南東へ。紛れもなく一帯は海の交通における要衝を占めており、島の人々も外国人の往来には自然と慣れていて、気さくに話しかけてくる者は多かった。
 宿で働く娘の利発さは、なかでも初めから目立っていた。二度目にこの島を訪れたとき、娘は私を一目見るなりお帰りなさいと言ってきたし、仕事の空いた時間にはよく旅の話をせがんできた。船乗り達の話を元に世界中の事物へと想像を膨らませることで、娘は変化の少ないこの島での日々を満たしているのかもしれない。三度目となる今回、私は守備隊の臨時要員として島に来た。商船の乗組員であった初訪時や二度目の気軽さはなく、娘もその空気を読み取ってか、印象的ないつもの笑顔は少なめだった。

 娘の父親のことを知ったのは、宿での食事のあと娘をまじえ数人で雑談を交わしていた時だ。町の外に住む島民は、軍の勧告に従ってすでに岬の砦へと避難を始めていた。しかしただ一人、この勧告を受け入れない島民がいた。それが彼女の父親である、その漁師の男だった。食後の雑談に加わっていた小隊長がその場で、男を砦に押し込めるよう私に命じた。つまり男への説得を諦めた私は、戦の前から軍務放棄を一つ犯してしまったことになる。だが小隊長は酔いにまかせ、娘の前で格好のつく言葉を吐いてみたかっただけなのだろう。この件についてその後問われたことは一度もなかった。
 
caboverde2

 それから数日後の夜更け、いつもより数刻早く目覚めてしまった私は、何をするでもなく海辺の散策に出た。するとしばらく歩くうちに、埠頭の端で海を眺めてたたずむ娘に出くわした。近づく私に一瞥を向けると、娘は夜の海へ視線を戻して口を開く。 「父さん、何か言ってた?」 私がかぶりを振ると、娘はうつむいてから少し笑った。男が貝のように口を閉ざし、笑顔とも無縁な暮らしに入り込んだのは、娘の母親が死んでからだという。かつてあった海賊による大規模な島への焼き討ちが、男の妻の命を奪い去っていた。戦火の危機に対するあの頑固さは、きっとそれゆえなのだろう。
 「ねぇ、船乗りさん。世界って、本当に広いんでしょう?」
 何ヶ月もかけて、どうしてこんな小さな島を襲いに来なきゃいけないのかな。娘のその問いかけに、返す言葉は見つからない。娘も返事を期待する風はなく、夜の海に小さく浮かぶ隣島の燈火を見つめていた。

 月明かりの反射をさえぎって、沖合の海面に帆船のシルエットが現れたのはその時だ。はじめに気づいたのは娘のほうだった。娘の指差す方角をじっと見据える。流れる薄雲から月が再び姿を出したとき、その影は私の目にも飛び込んできた。一角獣の角のごとく前方に高く伸びるバウスプリット、大張りのスプリットセイル。断言はできない。だが船の形が目に映り込んだ瞬間に脳裡を貫いた悪寒を信じるなら、間違いない。奴らだ。それも考え得る限り世界最悪の相手、フランシス・ドレーク。龍の異名をもつその化物が操る旗艦、“黄金の鹿”。自分の視野の内にそれがいるという現実に、一瞬めまいを覚えずにはいられなかった。
 「今すぐ走れ。町の皆に出来る限り避難を呼び掛けるんだ。どこでもいい。町の外へ逃げ出せ。」
 「父さんが」
 「わかってる。だが君の足では間に合わない。彼のことは私が何とかする。君は一人でも多く、町の人たちを救うんだ。」
 暗い船影の横腹が白くきらめいた。一拍遅れて耳をつんざく轟音の雨。港の外れにある丘の頂きから、火柱が立ち昇る。その高台には、防衛用の大砲が設置されていた。誰の予想よりも早かった来襲。島を射程に収めるなり、何のためらいもなく開始された艦砲射撃。それも効果の最も高い標的を狙った、正確無比の第一撃。反吐が出るほどに確かな予感。数日後にはこの島から町が一つ、消えているだろう。

caboverde3

 漁師のあばら家へと私は走った。日の出はもう近い。防衛部隊の兵士としてはあるまじき行為だが、娘との約束を違えるわけにはいかなかった。海際のそのあばら家からも、丘の火柱は見えていた。にも関わらず、男は舟を出す準備を始めている。戦闘を気にしている風など微塵もない。束にした銛綱を脇に抱えると、漁網の塊を掴んで桟橋へと歩き出す。男の歩調に合わせ、網裾の沈子がじゃらじゃらと重い金属音を立てている。連続する砲撃音の合間にそれが聞こえる。男の背中が、遠くの砲火を映して薄く茜色に瞬いている。
 その後ろ姿に私は、思いもよらぬ深い敗北感を覚えて立ち尽くした。己のすべきことをわきまえ、すべきことだけを淡々とこなす生き物本来の姿がそこにあった。生の在り処を熟知する人間の姿をそこに見た。強い。仲間の兵士の誰よりも、この男は強い。敵も味方もない。人は愚かだ。本国からやって来る軍人も海賊も、ただその愚かさに苦しめられている。それだけのことだ。男は何も言わない。ただ男の偉容がそう訴えかけてきた。ひときわ大きな砲音が、落雷のように夜更けの空へ重く響いた。

 戦闘は、たった一日で終わった。海賊たちは港の破壊を十分に済ませると、砦に立て篭もった守備隊を置き去りにして、悠々と島を去った。時代の変化は、襲い来る海賊の質をも変化させる。金銀の仕入れ港が新大陸へと移り、香辛料貿易の主軸がアジアに移った今、金品の強奪を目的にカーボヴェルデを襲う意味はもはやない。いまこの島々を襲う意味があるとすれば、軍事拠点として占領するか、交易網への打撃を狙って焼き尽くすかのいずれかだ。奴らは海賊の仮面を被りはするが実態は紛れもない、かの女王麾下の海軍というわけだ。
 漁師の舟はその日、海から帰って来なかった。翌日も帰らなかった。しかし瓦礫と化した港町を前にした島民たちに、男の失踪へ気を払う余裕はなかった。ただ一人、宿の娘を除いて。三日目になって、沖合に釣り舟の姿が現れた。舟の艫には鯨のような大魚が繋がれ、海面にその頭部を覗かせている。男は彼だけの戦いを、人知れず三日三晩戦い抜いていたのだ。舟へ従わせるまでに魚の体力を奪うだけでも、余人の想像を絶する苦闘があったはずだ。人の背丈を優に超えるだろう大魚はゆえに、男が戦いに勝利した証であった。十家族が数週間は食いつなげそうなその獲物は、穀倉を焼かれた島の人々にささやかな希望を与えもするだろう。やがて男の表情がわかる距離に舟が近づいたとき、私はこの父娘に出逢えたことを心から感謝した。その光景の記憶は私の生涯において、今後幾度となく心を温めてくれるに違いない。島へ戻ろうとする舟の姿形を洋上に見とめた娘は岸辺にしゃがみ込み、安堵のあまりか泣きじゃくっていた。舟上の男は憑き物のとれたような、さっぱりとした笑顔を浮かべていた。

  
2010.08.11 * 大西洋アフリカ沿岸編 * CM:3 * TB:0 * top↑
霧
◆アルガン, Arguim, Arguin

 ぜんまい仕掛けの兵隊が、歯車の振動に全身を揺らせている。がくがくと頭を震わせながら、両腕に抱えた長銃をゆっくりと持ち上げる。木製の頭部に描かれた兵隊の顔は無表情で、目線が指す方向も定かでない。だが銃身の先端が次第にこちらへ向けて持ち上がっていることは疑いなく、一切の言葉を拒絶して向かってくる悪意の塊のようなその銃口に、底なしの恐怖を感じて全身がすくみあがる。逃げ出さねばならない。しかし体が動かない。人形の首がぎりぎりとこちらに回る。兵隊はいまやはっきりと俺を見ている。残された力を振り絞って俺にできたのは、思い切り目をつむることだけだった。

 子供の頃から繰り返しみてきたその夢のことを思い出したのは、まわりを包む深い霧のまとわりつくようなしつこさに一瞬、何か悪魔的な意思をみたように感じたからだ。兵隊のからくり人形の後ろにはそういえば、やはり灰色の霧がたちこめていたかもしれない。よく思い出せない。
 「あの砦は若い頃から知っとるが、こんなに濃い霧が出る土地だとは知らなんだ」 パルマスから乗船してきた壮年の水先案内人はつぶやいた。それでも母船から小型ボートに俺たちが乗り移ったのは、見張りも含め幾人かの水夫が遠目に砦の影を見たからだが、いくら漕ぎ進んでも一向にその影が再度現れる様子はない。

arguinmist

 圧倒的な無音のなかで無理に耳を澄ませると、鼓膜の奥で何かが痛む。海面を櫂が漕ぎ渡る音のほかは、何一つ聴こえてこない。風音はなく、鳥も啼かない。母船から水夫たちが見た影は、本当に向かうべき砦のものだったのか。厚い空気の層がたまたま何かの加減で、霧の空に光の濃淡を描いただけではないか。胸中にかすかな疑いの実が生じ、次第に肥え太ってゆくのをしばらく眺める。苛立ちともとれる徒労感まじりのため息が、ボート上に蔓延し始めた頃だった。 「あ……」と舳先にしゃがむ案内人が低い声を発した。全員が顔をあげた。

 案内人の視線の先ではボートからそう遠くない海面に、灰霧のなか高く細い棒状の影がおぼろげに立っていた。人の背丈の倍近くはあるその影が浅瀬に打たれた木の杭であることは明らかだったが、近づくにつれその杭が頂上部で見せる膨らみは、ボート上の男たちの心中に否が応でも悪い予感を育ませた。手が触れられるほどの脇を通って杭がボートの後方へ消える頃には、目指す砦でただごとではない何かがすでに起きてしまったのを、男たちは受け入れざるを得なかった。杭の先には腐り果て、干からびて眼窩の陥没した人間の頭部が突き刺さり、無言で男たちを見下ろしていた。ボートは進むに従い、同様に死者の首を冠した杭の数本に囲まれた。いずれも縮れた髪が鳥の巣のシルエットにも見えるそれを尖端に載せた杭の集まりが、やがて霧中の海面に浮かびあがる数十本の林へと姿を変えたとき、前方に小舟用の壊れかけた桟橋が現れた。

FortArguin1721

 砦は無人だった。完全に。監視塔に歩哨はなく、平時は閉め切るはずの鉄門が大きく口をあけていた。呼び声をあげても返ってくるのはどこかで反響したこだまだけだ。俺たちは用心しながら砦に入り、人を探した。兵舎も厨房も空だった。半地下の牢にたんまりといるはずの、母船で搬出する予定だった奴隷たちも消えている。牢のなかには鉄の鎖や、血糊の染み付いた首枷が散乱していた。
 僻地の砦は防御の要から窮屈に造られるのが通例だが、内部を歩いた印象は意外なほどがらんとして広く感じた。それが気のせいではなく、いるべき人間たちの不在に拠るのだけでもないと判明したのは、もう一度砦の表門まで戻ってきた時だった。事態の異常さに気圧され、見えていたのに気づけていなかった。門は開いていたのではない。門そのものが失われていた。門だけではない。砦内部のあらゆる部屋の扉も、牢の鉄檻もなくなっていた。

 手分けして砦を再度調べる。歩く自分の膝から下が白く霞むほどに、霧は屋内へも濃く立ちこめていた。扉のない部屋、檻のない牢獄、門のない砦。その様は心をえぐり取られて口をあけたまま日々を暮らす、精神病者の表情を思わせた。空虚には底というものが無い。あるいはその空虚が、すべてを呑み込んでしまったのか。俺は半地下の廊下を歩いていた。すると、通り過ぎようとした牢の一つに白い天使の石像を見とめた。像は背を壁にもたせかけ、座り込んでいた。立てた片膝に片腕を載せた格好で、もう片方の足を伸ばしている。あるはずのものがなく、なかったはずのものが現れる。驚愕のあまり、俺の全身は凍りついた。次の瞬間、思いもよらぬ子供の高い声が耳を襲った。
 「わからないな」
 はじめ大理石像に見えたそれは、裸の少年であった。なにかの白粉でも使っているのか、肌は非人間的に白く輝いて、地肌の色が見えないほど完璧に塗り上げられていた。 「何を求めてここまで来るのか、わからない。キミたちは……」 少年の言葉に続きは無かった。体の震えを抑え込み、俺はなんとか言葉を発した。 「誰だお前は。ここで何が起きたんだ」 彼は無言のまま、目線を俺に向けてきた。
 人形のようだった。

pierfogarguin

 束の間の沈黙のもと、霞の小さな塊が牢の床面を滑っていく。よく見れば少年の二の腕には、切り裂かれたように紅い十字の傷が口を大きく広げていた。「その傷はいったい、血が……」
 「流れてるね。」 少年は穏やかな口調で言った。「紅い血が、地面に還っている。潮が引くように、命が地に吸い込まれている。」 門の方角で、仲間の叫び声がした。とっさにそちらを振り向くと、白い空気の膜の向こうで誰かが倒れこんでゆく影が見えた。俺は牢の中を見返した。そこにはもう薄く霧が漂っているだけだった。わけもわからず門へと駆け出した俺の背後から、少年の声が響いてきた。 「これが、世界だ」
 門の下で倒れたのは、仲間の航海士だった。俺より先に駆けつけた水夫は、横たわる仲間をただ呆然と見下ろしている。航海士の容態を確かめようと、俺は駆け寄ると即座に膝をついた。その瞬間、頭の上を何かがかすめ飛ぶ音がして、立ち尽くしていた水夫の体がしなる弦のようにびんと震えた。水夫は腰からずさりと崩れ落ちていく。木の矢が首を突き抜けていた。

 あとのことは、記憶からだいぶ抜け落ちている。死ぬ思いで桟橋まで走り、同じように逃げ延びた他の水夫と必死にボートを漕ぎ、母船へたどり着いた時には声も出ないほど憔悴し切っていた。海藻が櫂に絡みついて前へ進めず、何かに追い詰められた気がして一層動転したのを覚えている。往きには感じなかった屍臭があたりの海原を覆っていた。船乗りをこれ以上減らせば帰途の安全も危うくなる。だから船長は俺たちの話を最終的には信じるしかなく、洋上で一昼夜停泊して様子を見たあと、船はその海を離脱した。夜も舷側すべてにランプを巡らせて、見張り番を三倍にして警戒を怠らなかったのは、俺たちの恐慌ぶりに船長も異様なものを感じ取ったからだろう。
 あの白い子供は本当に存在したのか。あとになって俺は考えた。あの砦での出来事は、純粋な恐怖そのものだった。でもあの子供と話すあいだは、不思議とまったく恐れはなかった。無表情だし人形みたいな奴だったけど、なんていうか別世界の人間なりに、きちんと体の内で命が脈打つのを感じられた。別世界の人間? いや、あれは人間だったと言えるのだろうか。ああ、そうか。と俺は気づいた。幼い頃から繰り返しみてきた夢のなかの兵隊が心底恐ろしかったのは、銃口が俺を狙って動いたからだけじゃない。背中にあったぜんまいのつまみが、回っていなかったからなんだ。

 
2010.07.19 * 大西洋アフリカ沿岸編 * CM:3 * TB:0 * top↑
       
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